フルスイングと全力疾走と真っ向勝負な暑苦しいお話。その壱

    blog — yokotashingo @ 2011年9月1日-4:04 PM

    あまりに久しぶりすぎてブログアップの方法が判らず手こずりました。やっと出来たのでせんべえでも食べながらと思って袋をあけたら湿気っていました。ヨコタシンゴです。

    僕はこうみえてマメなんです。ですからブログのアップだってこまめにやれるはずなのですが、それどころじゃない位忙しかったという事です。冒頭からいきなりのエクスキューズぶっ込んでますが。。

    僕は芸人さんではありませんが、お笑いライブとかに出演していました。コントやお笑いの空気を知るためです。


    そして、それもこれも実は石巻でのイベントがありその為の準備という事です。喜劇王梅津さんと「らくだ」というコンビでライブハウスでコント。応援にタンバリン芸人のゴンゾーくんがきてくれた時の写真っす。




    五月頃でしたでしょうか、「pride of japan思いを一つに〜」というプロジェクトがあり、その中で演劇をやってほしいという依頼を頂きました。八月に石巻専修大学で行うイベントだという。応援イベント。

    即答は出来ませんでしたが、何が出来るか考えました。色々試行錯誤。

    僕の舞台を見たプロジェクトの代表の方が、被災地の方に劇場で感じた熱量を届けてほしいという思いでのお話でした。

    被災地で演劇をやるという事に非常に抵抗を感じました。今必要なのはそういう事ではなく、もっと具体的なボランティアだとか生活に直結する事、雇用や生活の安定という事だと認識していましたから。

    また、演劇で応援するなんておこがましい事は絶対に出来ないと思っていました、それは今の状況でも同じ考えです。

    思うに、俳優というのは個人のメッセージを持たないので、極論すれば肉体の魂の熱を届ける以外にするべき事は無いのです。って思っています。

    またそれには、ただ肉体があって魂があっても、劇場という閉ざされた空間と音と光、足を運んで来た客席の人、色々な要素が絡み合って奇跡的な空気や空間を作り出します。劇場にくるお客さんは求めて足を運ぶ訳です。また、現実的な演劇の一面として、それは押し付ける表現方法です。

    このお話を頂いて、色々なアーティストに会ったりし様々な被災地でのエンターテイメントの現実を確認しましたが、やはり当時、いや今も。。

    求められているかと言えばノー。

    ならなぜ引き受けたのかというと、なぜでしょう。

    表現者の端くれとして文化的活動を自粛してはならないと思ったから?                                     自分も何かしたい、何かできるのでは、と思ったから?

    どれも違うな。

    恐れ多くも、僕自身が文化的活動に携わる人間として、ただただ自身の無力さに呆然とせざるを得ない自然の脅威。きっと多くの表現者が、多分誰も彼もだと言っても過言ではない程、この自然の脅威の前に表現活動の無力さを噛み締めたに違いない。少なくとも、微力な僕がその微力さを改めて認識した事は確かだ。

    でも。

    ハナから無理だとか、やるべきではないとか決めたくは無かった。出来るか否か、やるべきかやらざるべきかも含め「やるべきこと」を模索しました。その「やるべきこと」には「なにもせず、東京で一所懸命生活する」という選択肢も含まれていました。判りづらいでしょうが。

    出来なくても、やらなくてもならば正しく戦って悔しい思いをしたかった。これはいつも肝に銘じている事です。

    その中で石巻に足を運び、このブログにも載せましたが「俺ががんばってちょっと無理しよう」と思いました。

    がんばろうとか

    がんばれとか

    ではなく、俺ががんばりますっていう。

    石巻の被災された方が何を求めているのか。そもそも本質的なところでエンターテイメントを求められていない中で、まさしく暗中模索。

    音楽?笑い?演劇?映画?  ????

    とりあえず、被災地の皆さんの前で何か「やる」のはやめようと。

    ふと。TVの前では被災地の子供が笑顔でいた。その周りの大人達が口を揃えて子供達に励まされながらがんばっていますと。

    時期は夏休み。

    僕の目的が定まった。ただただ石巻の子供達を楽しませる。否、子供達が「楽しむ」だ。

    であれば参加型であるという事が必須条件。いや、石巻の子供達が主役。

    そしてそのサポートをする。

    こういうイベントに僕の様な人間が参加して何かやると必ず「売名」がくっついてきます。誤解を恐れず言えば、これはとても重要で大切な事なんです。でも、それに対しては僕は今回、一切のその部分を排除しようと努めたつもりです。主役が石巻の子供達だから。

    ちょっと無理してでもがんばろうと思ったので、ただただ人のために最善を尽くすという事にエネルギーを出そうと自分の中で決めました。プロジェクトとしてはせめて色々名前を出そうとしてくれたのですが、お断り。

    そりゃね、泉谷しげるさん位のすげー人になれば「被災地の人にパワーおくるよ、俺は。そのかわり売名もくっついてくるぜっ」って最高にかっこ良くなれるのですが、僕にはそれは出来ないのです。

    いつか言えるようになりたいモノです。

    ブログをちょっと敬遠していたのもそんな意地みたいのもありつつ。

    普段は少しでも知ってもらおうとすげー努力しますが、これでそれ俺がやったらダサすぎるでしょ。

    そんなこんなで、試行錯誤しながら出会ったのが。

    度々登場しているかも知れませんが、エルビスというコントグループの喜劇王梅津さん。

    そして、プラスニューカンパニー!

    ここね。

    直さん(喜劇王梅津氏)の紹介でした。この出会いはこの企画にとって奇跡の始まりでしたね。笑いと音楽と子供がゴチャゴチャで繋げられなかった僕の中に一本の線が出来上がった瞬間でしたよ。

    「石巻の子供たちが心から楽しめる一日を作りたい」

    という思いに代表の金井麻衣子さん、ってか麻衣子ね。ほぼ即答でやりたいって申し出てくれた。演劇と教育を結びつけたい!というので全国の小中学校や児童館などで子供達と一緒にミュージカルとワークショップをやっているんです。

    プラニューのメンバーと会って。彼らには本当に感動する。皆若いメンバーの団体なんですが、なんていうかね、打算とか大人の理屈とかなく「やりたい」という思いしかないのですよ。良い意味でね。

    一人一人大切に紹介して行きたいくらいです。

    割愛するけど 笑

    とにかく彼らと一緒にやろうと思ってからは怒濤の日々がすぎて行きましたね。

    プロジェクトの本部ともやりとりし、何をするのか構成も考え、台本も考え、笑いとミュージカルをどう繋げるのかとか、石巻入りする手配だとか宣伝だとか。その合間にpride of japanのチラシを作ったりだとか。

    いつもそうだけど、僕がどうにも大人になりきれない部分があって子供の正論で挑もうとするので当然「大人の理屈」とぶつかります。

    イベントの主催側には(俺も主催の一人だけど。。。)迷惑かけたかもしれません。

    でも結局正しいのは正論だと証明したかった。正しく無ければその時点で正論ではないワケで。途中からはもう意地ですよね。笑

    目的は一つ「石巻の子供たちが心から楽しめる一日を作りたい」だから。思いは一つ。


    ふざけた七三ですが、まじめに打ち合わせしているこういうところからのスタートでした。




    そして。




    後半へつづく……


    感謝

    ヨコタシンゴ


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